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盛岡家庭裁判所 昭和57年(少)431号 決定 1982年5月07日

少年 T・N(昭三八・八・三一生)

主文

少年を保護処分に付さない。

理由

一  少年に対する送致事実の要旨は別紙のとおりであるが、少年が送致にかかる各放火をなした事実を認めるに足りる証拠はない。そのように判断した理由は次に述べるとおりである。

二1  記録中の関係証拠によれば、

(一)  昭和五七年三月一二日午前零時三〇分ころ遠野市○町×番××号A方に接して設置してあつた灯油タンクのコックがゆるめられて灯油が流出し、同タンク下の木箱などが燃えるという火災が発生したこと(以下、本件(一)火災という)

(二)  ついで同日午前零時五〇分ころ同市○○町×番××号B方物置小屋からの出火が確認され、同物置小屋を焼燬するという火災が発生したこと(以下、本件(二)火災という)

(三)  同日午前一時四五分ころ同市○○町×番×号国鉄○○駅構内○○軒下でダンボール箱などが燃えているのが発見されたこと(以下、本件(三)火災という)

(四)  同日午前七時三〇分ころ同市○○町×番×号Cの妻D子が同人方薪小屋の外に置いてあつた炭俵に燃えた痕跡を発見したこと(以下、本件(四)火災という)

(五)  上記四件の火災は、周囲の状況等から放火による疑いが濃厚であり、本件(一)火災の着火時刻は出火とほぼ同時刻の同日午前零時三〇分ころ、本件(二)火災の着火時刻は本件(一)火災の着火時刻から本件(二)火災の出火の確認された同日午前零時五〇分ころまでの間と推定されるが、本件(三)及び(四)火災の各着火時刻についてはその出火が確認された以前という以上に特定するのは困難であること

(六)  少年は同日午前四時三五分ころ同市○○町所在の老人ホーム「○○園」前駐車場で消音器を取りはずしたオートバイを乗り廻わしているのを○○警察署員に発見され、数一〇〇メートル逃げた後○○警察署に連行され、同日午前四時四五分ころから同署で取調べを受け、当初本件(一)ないし(三)火災が自己の放火によることを否認していたが、後に上記(一)ないし(四)記載の場所に放火したことを認める旨の供述をして放火現場を示すための図面を書き、同図面の添付された自白調書が作成され、同日午後八時二五分本件(一)及び(二)火災に関する送致事実によつて逮捕され、翌一三日午後三時盛岡地方検察庁に身柄とともに送致されたこと

(七)  しかし、少年は送検直後から本件(一)ないし(四)火災が自己の放火によることを再度否認し、以後一貫して放火の事実を否認し、本件(一)及び(二)火災の発生した三月一二日の午前零時すぎころから同日午前四時ころまでは○○高校の女子宿泊室で女子生徒と雑談をしたりしていた旨のアリバイ主張をしていること(少年の検察官に対する三月一三日付弁解録取書及び三月一九日付供述調書参照)

の各事実が認められる。

2  本件(一)及び(二)火災が少年の放火によるものであるとの事実については、少年の司法警察員に対する供述調書(添付の図面を含む)がほとんど唯一の証拠であつて、本件(一)及び(二)火災と少年とを関係付ける物的証拠は何ひとつない。

もつとも、本件(二)火災の現場附近及び本件(三)火災の現場附近から、少年が当夜履いていた靴底の紋様と類似の足跡痕が採取された事実はあるが、鑑定結果によると、採取された足跡痕は少年の靴底の紋様とは一致しなかつた、というのである(証人Eの供述)から、本件(二)及び(三)火災現場附近から採取された上記足跡痕をもつて本件(二)及び(三)火災、ひいては本件(一)ないし(四)火災と少年とを結び付ける証拠ということはできない。なお、証人Eは、当審判廷において、少年を○○警察署に車で任意同行した際、車内で少年の着衣から灯油臭い匂いをかいだ旨証言し、同証人ほか二名作成の任意同行状況報告書にも同様の記載があるが、同証人より前に少年と身近かで会話をし、少年の着衣の匂いをかぎうる状況にあつて、現実にも意識的に匂いをかいだ証人F子、同G子が少年の着衣からそのような匂いはしなかつた旨供述し、しかも、もし、少年の着衣に灯油が付着していたならば、少年と本件(一)放火を結び付ける重要な証拠であるのに、少年の着衣につき鑑定嘱託の手続がとられていない事実に徴して、証人Eの証言等によつて少年の着衣に灯油が付着していたとするには疑問が残る。

3  しかるところ、少年は、当審判廷において

三月一一日一二時ころ深夜友人のH宅を出てオートバイで走行中、煙草が吸いたくなり、卒業したばかりの○○高校の宿泊実習中の男子生徒に煙草を貰らおうと考え同校に行き、少し校内をオートバイで乗り廻わしたりした後、男子宿泊室の前の廊下で顔見知りの男子生徒に会い煙草がないかと尋ねたところ、女子宿泊室に置いてきたとの返事であつた。そのときI先生が来て家に帰るよう注意されたので、オートバイに乗つて坂下の校門の方に(女子宿泊室も同方向である)向つたが途中でエンジンを切つてオートバイを校内にある物置の陰に隠すとともに、I先生が校内を巡視していたのが見えたのでしばらく物陰に身を隠し、それから女子宿泊室の窓をノックして部屋に入れてもらい、部屋の中で顔見知りの女子生徒と雑談したり煙草を吸つたりして数時間を過ごした。火災を知らせるサイレンは女子宿泊室に居るとき女子生徒らとともに聞いた。

旨の供述をする。そして、三月一一日夕から翌一二日朝まで上記女子宿泊室に泊つていた当該女子生徒である証人F子、同J子、同K子、同G子はいずれも当審判廷において、少年は火災を知らせるサイレンのしばらく前に女子宿泊室に来、サイレンは少年の在室しているときに少年といつしよに聞き、少年はその後四時すぎころまで在室していた旨少年の上記供述を裏付ける供述をする。また、前記I教諭の司法警察員に対する供述調書には、少年が男子宿泊室の入口付近で男子生徒と話しているのをみつけて注意したところ、少年は「校内から出て行きました。間もなくそのバイクの音が消えたので戻つて来たのではないかと、一五分位も校内を探しましたがその気配がないので、宿直室に戻つて休んだのです」との記載があり、これも、少年の上記供述とほぼ一致し、少年の供述の信ぴよう性を裏付けるものである。なお、証人F子、同J子、同K子の三月一二日付司法警察員に対する供述調書には、いずれも、火災を知らせるサイレンが鳴つたときは少年は女子宿泊室に来ておらず、サイレンが鳴つた後少年が来た旨記載されているが、証人F子、同J子は、三月一二日の取調べの際も最初は当審判廷におけると同旨の供述をしていたが、聴き入れてもらえず、取調べにあたつた警察官から、「他の人は、少年がサイレンの鳴つた後に来たと言つている」、「嘘をつくな」などと言われて上述のような内容の供述をしたことになつた旨供述し(証人G子もほぼ同旨の供述をする)、証人K子は、最初少年がサイレンの鳴つた前に来たのか後に来たのか判らないと答えていたが、取調べにあたつた警察官から「サイレンが鳴つた後少年が来たんだね」と誘導されて上述の供述調書となつた旨供述しているのであつて、これらの供述及びその供述態度に照らして、上記証人らの当審判廷における前記供述内容が虚偽とは思えず、これに反する供述調書の記載はたやすく採用しがたい。

しかして司法警察員作成の三月二四日付捜査報告書によれば、○○消防署は本件(二)火災の発生後の三月一二日午前零時五三分に火災を知らせるサイレンを吹鳴し、そのサイレンは○○高校の校内に居る者にも十分聴取できることが認められるのである。

そうとすれば、少年の前記供述は第三者による証言等によつてほば全面的に裏付けられていることとなり、これらの証拠によれば、少年はその間に本件(一)及び(二)火災の発生した三月一二日午前零時ころから午前四時ころまでの間○○高校の校内(校舎敷地及び校舎内の女子宿泊室)に居たことになるから、少年が本件(一)及び(二)火災の現場に赴いて放火することは客観的に不可能であつたことになる。もつとも、上記各証人とも、少年が前記女子宿泊室を訪れたのは三月一二日午前零時五三分に吹鳴された前記サイレンの前であつた旨供述するのみで、少年が訪れた正確な時刻については供述できないから、少年がI教諭に注意されてオートバイに乗つて帰りかけた時から、少年が前記女子宿泊室を訪れるまでの間の少年の行動については少年自身による供述しか存しないことになるのであるが、その間の行動に関する少年の供述はI教諭の前記供述調書の記載による同教諭の行動と合致しこれによつて裏付けられているといえる。

4  そこで、少年の自白調書(司法警察員に対する供述調書)の内容の信ぴよう性について検討するに、少年の自白調書の記載は実況見分調書によつて知られる本件(一)ないし(四)火災の現場とほぼ合致しているものと認められる。

しかしながら、少年が当初放火を否認していたことは前記のとおりであるし、少年は、当審判廷において、取調べの警察官に対し何度も自分は放火などしていないと弁解したが聞き入れてもらえず、「やつたんだろう」などと強くいわれ、前夜から一睡もしておらず疲れて早く帰りたかつたので、昼近くになつて警察官に言われるままに遠野市内の図面を書いた、最初に書いた図面には六か所以上の×印をつけたが、それではダメだといわれて書き直し、二、三枚目に書いた図面で「それでいい」といわれた旨供述しているところ、少年の取調べにあたつた捜査官が少くとも本件(一)ないし(三)火災が少年の犯行によるとの強い予断を抱いていたことは記録中の関係証拠と証人E、同F子、同J子、同K子、同G子の各供述によつて明らかである。すなわち、これらの証拠によると、本件(一)ないし(三)火災の発生後の○○警察署の捜査は、同一犯人による連続放火事件との見地から三月一一日夜から翌一二日朝までの遠野市内の不審者の発見に努めていたが、深夜でもありなかなか捜査は進展しなかつたこと、しかし、同署員より三月一一日午後一〇時ころ夜間同市内を徘徊している少年ら二名を職務質問をした旨の報告があり、少年には精神病の経歴もあつたことなどから少年の所在捜査がなされ、それによつて少年が友人宅、親類宅、自宅のいずれも帰つていないことが確認され、さらに同日午前五時ころには○○高校に宿泊中の女子生徒らからも、少年は夜立ち寄つたが部屋には入らずに帰つた旨の虚偽の説明を受けていたこと(女子生徒らは、女子宿泊室に男子を入れた場合の学校当局の処分をおそれて上述のような虚偽の説明をした)、そのようなことから少年が容疑者として捜査の対象となり、しかも当時、少年のほかに容疑者として捜査の対象となつていた者はいなかつたこと、これらの状況と少年が警察官に発見されて前記のように逃走を図つた事実などから、捜査官は少年を連続放火の犯人であるとの強い予断を抱いて少年の取調べにあたつたものと認められるのである。

そうとすれば、捜査官が少年の否認の弁解に素直に耳を傾けたものと想定することはむずかしく、少年の自白調書は、少年の当審判廷における供述のように、捜査官が少年に強く自白を求め、誘導的・暗示的な尋問を繰り返すことによつて少年に本件(一)ないし(四)火災の現場を記入した図面を作成させ、その結果得られた自白に基づいて作成されたのではないかとの疑いを払拭できず、少年が自発的に犯行を自白して図面を作成した旨の証人Eの供述は措信できない。そして少年は三月一一日夕方から一睡もせずに友人宅や○○高校の女子宿泊室で雑談したり、遠野市内をオートバイで乗り廻わしていたもので、○○警察署に連行されて取調べを受けた時には相当疲労し、しかも精神的にもかなり異常な状態にあつたことが関係証拠によつて窺えるのであるから、少年の自白調書の内容の真実性については、具体的な裏付けなくしてたやすくこれを肯定することはできないものというべきである。

しかるところ、少年の取調べにあたつた証人Eは、少年は三月一二日午前八時すぎころ自発的に遠野市内の地図を書いて四か所に番号を記し犯行を自白したが、少年が自白した時点では本件(四)火災の存在については自分はもとより○○警察署としても知らなかつた、午前八時三〇分ころ他の警察官から知らされてその存在を知つた旨供述するが、司法警察員作成の四月一七日付報告書添付の一一〇番受理簿(写)によれば、○○警察署が本件(四)火災の電話通報を受けたのは三月一二日午前七時五四分であつた、というのであるから、少年が自白したのが証人Eの供述どおりの時刻であつたとしても(少年は朝食後昼近くなつてから図面を作成した旨供述している)、そのときにはすでに○○警察署としては本件(四)火災の存在を知つていたというべきであるし、被疑者の取調べにあたつている捜査官に事件に関係する情報が直ちに伝達されるのでなければ有効、適切な取調べを実施しがたいのが通常であることを考慮すると、本件(四)火災の一一〇番通報を午前七時五四分に受理していながら、少年の取調べにあたつた捜査官に対しそのことが三〇分も経過した後にはじめて知らされたことに帰する証人Eの前記供述内容には少年の供述と対比して疑問が残る。

他方、少年の自白調書では、少年は友人H宅から持出したライターで放火した旨述べたことになつておりかつ少年が同人宅からライターを持出せる客観的な可能性のあつたことは証拠上否定できないが、少年が同人宅からライターを持出した事実を具体的に裏付ける証拠は存しないし、放火の際使用したとされるライターも発見されていない。また同調書では、少年は本件(一)ないし(四)火災の現場もしくはその附近までオートバイで行き、放火後急いでオートバイを運転して逃げたことになつているが、少年のオートバイが消音装置をはずしたオートバイで運転時における排気音は非常に大きく、ことに深夜においては耳につきやすい騒音であつたことは関係証拠により明らかであるのに、本件(一)ないし(四)火災の現場附近において少年運転のオートバイの排気音と思われる騒音を聞いた者が聞き込み捜査の結果によつても出て来ていない(証人Eの供述)というのである。

以上の次第であつて、少年の自白は強い予断を抱いた捜査官による誘導的な尋問等の影響のもとでなされたものとの疑いが強く、その内容の真実性につきこれを客観的に裏付ける証拠がないばかりか、かえつて疑問も残るのであるから、少年の自白調書の内容が真実であるとの心証をついに形成することはできず、少年の自白調書のみによつて、少年に関する前記アリバイ証言を排斥して本件(一)ないし(四)火災が少年の放火によるものと断定することは到底できるものではない。

三  よつて、少年が本件送致事実にかかる犯罪を犯した事実につき証明がないので、少年を保護処分に付することができないから、少年法二三条二項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 長門栄吉)

別紙

被疑者は、

(一) 昭和五七年三月一二日午前零時三〇分ころ、岩手県遠野市○町×番××号A方西側露地において同所A方居宅に接着して設置してあつた灯油タンク(高さ一八〇センチ幅一三六センチ奥行五五センチ)のコツクを開き灯油を流出させ灯油に持ち合せのライターで点火して燃え上らせよつて灯油タンクの下部に設置してあつた木箱(高さ三八センチ幅六二センチ奥行三八センチ)一個及び腰板一部を焼燬しそのまま放置していたならば前記A方居宅に延焼する虞のある状態を生じさせもつて公共の危険を生ぜしめ

(二) 同年三月一二日午前零時五〇分ころ、岩手県遠野市○○町×番××号B方東側物置小屋において同所内東側に積重ねてあつた雑誌等に持ち合せのライターで点火して放火し物置小屋に燃え移らせよつて右B所有の人の現在しない物置小屋(三三平方メートル)を焼燬するに至らしめ

たものである。

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